
妊娠・出産を目標に摂食障害を根本治療中です。
妊娠・出産には、心だけでなく身体を根本治療することが必要です。副作用のない治療法で、摂食障害の克服から体質改善を目指している人の体験談を紹介します。
不妊を機に治療を開始。2ヶ月後に自然妊娠しました!
高校時代からダイエットを始め、その後数年間で70キロあった体重が40キロ台まで落ちました。22歳頃から過食と嘔吐をくり返すようになり、毎日1~3回嘔吐するようになっていました。
体重には満足していましたが、2人目の子供がなかなかできず、このままでは不妊になってしまうのではと危機感を感じて病院へ。最初は心療内科でカウンセリングを何度か受けたのですが、効果を感じられず...
子供がほしかったので、抗うつ剤など薬は飲みたくなかったので悩んでいました。そこで知り合いから紹介された薬を使わないで治療してくれるクリニックに行きました。
ひどい貧血になっていると言われ、カラダが栄養失調の状態になっているので免疫力が下がってホルモンバランスが乱れやすくなっているという診断でした。栄養療法と食事療法の指導を受けたところ、初診から1ヶ月後から生理痛が軽くなり、2ヶ月後に自然妊娠しました。しかし..残念ながら流産してしまい過食も時々ぶり返していますが、2人目の赤ちゃんがどうしてもほしいので、栄養療法でしっかり体質改善をしようと頑張っているところです。
中学時代に止まった生理。妊活のために前向きに努力中です。
30代女性、過食嘔吐、-
長年過食嘔吐による摂食障害に悩んでいました。結婚をしたことをきっかけに妊活を始めたのですが、摂食障害の関係もあってか自力で生理が来ない状態です。正確には覚えていませんが、最後に生理がきたのはまだ中学生の頃。
病院で詳しい検査を受けてみたところ、子宮の状態も萎縮しており、ホルモンもかなり少ないとの結果になってしまいました。状態が悪化しているところからのスタートだったこともあり、実際に本格的な妊活ができるようになるまでには時間がかかりそうです。
病院に通いながら不妊治療を行っていますが、まだまだこれからの状況だと思います。摂食障害自体は今は落ち着いており、主人と同じものを食べることができているのでこの点は救いです。ただ、まだまだ一般的な女性に比べると痩せている体型なので、これからは健康的な体を目指し、食事にも気を付けながら少しずつ体重を増やせればな…と思っています。
長期間にわたり生理が来ていないこともあり不安はありますが、体を動かすように心がけ、妊活を進めていきたいです。いろいろアドバイスももらい、考えすぎはストレスになって良くないことにも気づけました。摂食障害の改善も妊活も心の問題に関するところが大きいため、このことばかり考え過ぎるのではなく、楽しく過ごす方法も考えようと思っています。
妊活について前向きに努力していますがまだ新婚なので、少しずつ様子を見ながら妊娠のために摂食障害改善に努めて行く予定です。
妊娠中に過食嘔吐のリスクを知り、何とか止められました。
女性年代不明、過食嘔吐、-
15年間もの間、過食嘔吐を繰り返していました。摂食障害を患っている最中に運良く妊娠できたのですが、妊娠すると体重が増えることばかりが気になってしまい、食べたものもほとんど吐き出してしまう日々…。
その頃の自分の中では赤ちゃんの健康よりも自分の体重のことしか頭になかったのですが、ある日妊娠中の過食嘔吐が胎児に与える危険性についてインターネット上の記事を見つけたんです。発達障害や未熟児のリスクが高くなると聞いただけでも怖かったのですが、お腹の中にいる赤ちゃんにも母親が嘔吐している音が聞こえているとのこと。これが原因で将来的に子供が過食嘔吐に繋がるリスクがあるとの情報ことでした。
それだけでなく、当然ながら物を食べ過ぎてしまえば赤ちゃんを圧迫することにも繋がることにやっと気づけたのです。このままではいけないと強く思い、カウンセリングを受けることにしました。治療は簡単なものではありませんでしたが、それまでもやめたくてもやめられない過食嘔吐に長年苦しんできていたので大きなチャンスだと思い、治療をすることに。
体重が増えるのは確かに怖かったのですが、何とか妊娠初期の段階で過食嘔吐をやめることができました。結果、無事に元気な赤ちゃんを産むこともできたので本当に良かったです。
妊娠しているけれど過食嘔吐がやめられない方はお腹の中の赤ちゃんに与える影響や、苦しい思いをさせていることをしっかりと考えないと取り返しのつかないことになるかもしれません。
拒食症からの過食、それでも元気な子供を授かることができました。
拒食症と過食症の症状がありました。産婦人科に相談に行ったところ、ホルモン注射と薬で治療をしなければならないとのこと。こういった治療法を始めたところ、長年止まっていた生理が来たのですが、これはあくまで薬の力で生理を起こしているだけだったため自力で生理がきているわけではありません。
何度か治療を行い、その中で精神科での治療も受けることになったのですが、摂食障害に加えてうつ病も併発しているとの診断…。治療を受ける中で拒食と過食は繰り返し発生していましたが、私の場合はうまく吐くことができません。しかし、かえってこれがよかったのか体重が増えていきました。
拒食し始めてから止まっていた生理も自力で来るようになり、体重は大幅に増えてしまいましたが何となく気持ちの整理がついていく中で摂食障害のこと理解してくれる彼氏とも出会えたんです。正直、生理が止まった経験もあり妊娠は難しいと思っていたものの、奇跡的に妊活を始めてからすぐに子供を授かりました。
拒食症で生理が止まると、女性としてのショックも大きく、将来的に子供ができなくなってしまうのではないかといった不安に駆られるはずです。ですが、私の場合は無事に子供を授かることができました。
拒食症や過食症は心の病気とも言われており、何をすれば治るかといった明確な答えはありませんが、拒食症だから、過食症だから絶対に子供ができない、幸せになれないといったことはないはずです。これからは幸せを目指して生きていきたいです。
婦関係がうまくいかない寂しさから結婚後、過食症に。
30代女性、過食嘔吐、無月経心理療法、集団療法
両親に勧められるまま、25歳でお見合い結婚。それ自体は私もそれほど嫌ではなかったのですが、結婚生活では夫との会話はほとんどなく。もちろん夫婦生活もありませんでした。私の妹は恋愛結婚でとても仲が良く、お正月やお盆休みなど家族が集まるたびにその様子を見ると劣等感ばかり感じていました。
実家の母は子ども離れができず、結婚生活にずかずかと干渉してくるのも辛かったです。うまくいっていないのを伝えれば、さらに心配・干渉してくると思うと誰にも悩みを相談できず、自然と過食嘔吐を繰り返すようになりました。
初めて過食嘔吐が始まったのは、結婚式の前日です。結婚生活への不安や、「本当にこの人で良かったのかな」「恋愛結婚ではない自分はダメだ」という思いが抑えられなくなり過食しました。翌日はウェディングドレスを着るから、と無理やり吐いたのが初めての過食嘔吐です。
結婚生活が始まってからも、夫と一緒に食事をすることがなく。夕ご飯は外でお弁当を買って済ませることも増えました。日中は仕事をしているのでなんとか寂しさも紛らわせられるのですが、家に帰っても夫は仕事で遅くまでいませんし、生きがいも喜びもないと気分が落ち込みがちに。そんな夜が私にとっては過食嘔吐の時間でした。食べることが気晴らしになっていたのだと思います。
2、3年で体重は49kgほどあったのが、30kg台に。10kgほど体重が落ちたあたりから月経も来なくなりました。結婚生活もうまくいかない、夫婦生活はそもそもないし、もしこれからあったとしても子供ができないという考えがより一層頭の中を占めるようになり、過食嘔吐の回数が増えました。同時期に妹が2人目の子供を出産したことも、精神的ダメージとなりました。
病院を初めて受診したのは、体重減少が10kg以上となった頃です。カウンセリングなど外来治療を受けながら、私生活の見直し、本当に今の環境がいいのかを考えるようになりました。結局病院に通い始めた翌年には離婚。離婚したことで苦しみから解放されると思っていたのですが、離婚にはパワーが想像以上に必要でした。体もボロボロで…。過食症の症状が悪化してしまいました。
カウンセリングでは、グループカウンセリングなどを受け、自分と似た境遇の人がいると知れたのが救いでした。もともと友人も少ないので、生活や人生の比較対象が妹しかいなかったので考え方が凝り固まっていたのでしょうね。いろいろな生き方・いろいろな人生があると知れただけでも気持ちが楽になりました。
今は、食事療法をしながら、過食・嘔吐の回数を減らすことを目標に頑張っています。ずっとやっていきたいと思える仕事にも出会えたので、まずは自分の生活を自分らしく送れるようになりたいと思っています。
夫の存在が過食症とうつ病を克服する支えとなりました。
30代女性、拒食症、過食嘔吐、抑うつ行動制限療法、集団療法
19歳。ダイエットで自分の体重がどんどん減っていくことが楽しくてやめられなくなったのが私の摂食障害との付き合いの始まりでした。最初は食事制限だったのが、だんだん食べるのが恐くなり拒食症に。痩せすぎているからと周囲が心配して色々食べさせてくれるのですが、断りきれなかったり、「心配させたくない」と思ったりして食べてしまった日には嘔吐をするようになりました。下剤も使うようになりました。
そんな日々を続けていると、「食べても吐けばいいんじゃん」と思うように。ますます食べて吐く回数が増えていきました。過食をしている期間は自分が何でもできるような気持ちでいられるのですが、ふとしたタイミングで「何やってるんだろう…」と感じ、拒食症になる。この繰り返しを数年続けていました。
辛い時期、異変に気づいて手を差し伸べてくれたのが、今結婚している夫です。私の様子がおかしいことに気づいてくれて、病院に行くのを勧めてくれました。彼が一緒にいてくれる日は過食願望も、食べることが恐いとも感じずにいられました。夫は職場の同僚で、付き合いを始めたのは24歳のとき。19歳で摂食障害が始まって5年目のことでした。
当初は彼は単なる拒食症だと思っていたそうなのですが、私が過食嘔吐していることを知ると「病院に行って治そう」と励ましてくれました。彼が背中を押してくれたこともあり、入院して行動制限療法を受けました。最初はとても辛かったのですが、入院前に彼が「治ったら一緒になろう」「すぐに治らなくてもいい、過食症のお前でも一緒にいたいと思うのは変わらないから」と言ってくれたことが治療の励みになりました。
入院治療を始めてから1年と数ヶ月経った頃。過食の頻度も週に1回あるかないか程度になり、結婚。今では女の子を出産して、子育てを夫と楽しんでいます。夫の存在がなかったら、今の笑顔はない、と思うと感謝の気持ちでいっぱいです。
過食の解決は、夫の海外赴任でした。
20代女性、過食症行動制限療法、心理療法
小さな頃から、母に認めてもらいたいという一心で良い子で通してきました。父親の仕事の都合で高校からイギリスに引っ越し。もともとは音楽か数学の勉強がしたかったのに、「秘書になりなさい」と母親に強く言われて進路を変えたのも「本当の自分はここにはない」と感じるようになったきっかけでした。
高校時代をイギリスで過ごし、父親が体調を崩したのをきっかけに18歳で日本に帰国しました。帰国した後の生活に馴染めないことなどが原因で過食ぎみになり、通院を始めました。私の母は、少しヒステリーなところがあり、父が入院して家に私と母と妹しかいない環境が耐えられなかったです。
寂しさやストレスなど、なんとも消化しきれない気持ちをなくしたいという気持ちから、宗教にはまった時期もありました。
27歳で今の夫と出会い結婚しますが、夫がすぐに海外勤務で1年間の別居生活が始まり、もともとあった過食の回数も増えていきました。不眠症状や自殺願望もあったため、お医者さんから入院を勧められました。
入院治療や、今も続けている通院治療では、「自分は自分のままでいい」と認めるための時間だと思っています。過食をするからといて、自分がダメなわけじゃない。でも、体のためには過食習慣はなくしていきたいと前向きに考えられるようになったのも、心理療法のおかげだと思っています。
大好きな彼の子供が欲しいという気持ちが摂食障害の治療を続けられた理由です。
20代女性、拒食症、過食嘔吐、無月経心理療法
もともと私が拒食症になったのは、中学時代に始めたダイエットでした。体重が減るのが最初はとても楽しくて。はまっていくうちに、「絶対に太れない」という気持ちが強くなり、中学校の給食の牛乳200mlを飲んで200g体重が増えるのすら恐いと感じるようになりました。
高校に入ってからは、友達から遊びに誘われることも増えて、友達との付き合いでどうしても食べなければならないことも多くなりなりました。体重が増えて嫌だなと考えていた時にふと、「食べても下剤を使ったり、食べ物を口の中で噛むだけでペッと出せばいいんだ」と気づいた時には、これで完璧に体重がコントロールできると嬉しかったのを覚えています。
そんな日々を続けていたら、体重はどんどん落ちていき、親から心配されるように。ある日、食べたものを吐いているのを親に見つかり、病院に行きました。低体重で生理も止まっていたので、夏休みなどを使って入院も何回かしましたよ。もともと親にはあまり相談事などをできなかったのですが、拒食症の治療を受けている私を励ましてくました。話しているうちに親も色々人間関係で悩むことがあるんだと知り、気持ちが楽になりました。
高校卒業後は、アルバイトで学費を稼いで医療系の専門学校に進学。目標としていた資格にも合格し、過食も年に数回程度になりました。下剤も医療関係の仕事をする中で恐さを知り、使わなくなり体重も戻っていたのですが…。
専門学校を卒業した後に就職した病院が本当に忙しくて。先輩や同期の女の子ともあまり上手に付き合えなくて悩むようになりました。「資格があるからいつでも転職できる」「就職先はすぐに見つかる」と思って今の道を選んだこともあり、摂食障害が再燃して通院するようになったのをきっかけに仕事は一旦退職。少し良くなるとまた復職しました。こんな風に正社員として転職を繰り返しながら20代を過ごしました。摂食障害はほとんどない期間もあれば、再発をした期間もあります。
再発した時には、高校時代からお世話になっている先生や病院の看護師さんと会うとなんだか「大丈夫かも」と思えて。治療自体は頑張れるのですが、いざ治療で通院する回数が減るとやっぱり不安になって再発してしまうんです。20代で今の夫と出会い、摂食障害がある私も丸ごと受け止めてもらえました。
結婚生活を始めてからは、パート勤務の時間を少し減らすことで、忙しさなどをなくし、心に余裕を持つようにしています。その結果、少しだけ過食の頻度も減っています。結婚後は、摂食障害をなんとか乗り越えて妊娠したいと思っています。新たに心理士さんのカウンセリング治療もスタートさせています。摂食障害でも妊娠できると先生にも言ってもらえたことが、励みになっています。
生理不順が妊娠計画を難しくしています。とはいえ焦らず治療しようと思っています。
20代女性、拒食症-
14歳の頃から拒食症に悩まされています。一番ひどい頃と比べれば、体重もきちんとあり、生理も毎月ではないにせよ、来るようになりました。拒食症に悩まされてから、生理が再開したのは、20代前半の頃。5年ぶりに生理が再開したときは、拒食症治療をすでに開始していたので、治療を支えてくれていた母と一緒に喜びました。でも、生理は期間がバラバラで、生理痛などの症状も重く、薬が手放せない日々。生理不順は、妊娠して子供を育てたいと願う私にとっては、夫との子作りにも難しさを感じさせています。
拒食症が完全に治っていない今、本音を言えば私の中では生理が来ることは体が健康を意味していて、自分は「痩せてはいない」と思わされる状況です。そのため、あまり食べたくないという気持ちがあるのは本当のところです。
裏を返せば、子供が欲しい、妊娠したいと思っているからなんとか「食べなければ!」と治療を続けられているのかなとも思います。結婚して、夫と妊娠に向けて子作りをしていますが、夫は私が痩せすぎているため、もしも妊娠できたとしても、体が出産や子育てに耐えられるのか心配だと言っています。
妊娠に向けた摂食障害の治療は、自分がなんとか生理が来る体重を取り戻すのが目標となりました。規則正しい生活は心の安定につながるのでその点は、進学・就職し、結婚生活を送るようになった今も変えないようにしています。食べたくない気持ちがあるので、昼は無理せず食べず、夕ご飯を家族と頑張って食べることで、体重を増やせるように頑張りました。昼に無理して食べないことが心の安定につながっています。
治療も最初から完璧を求めずに、気持ちが安定するためには60~80点くらいでも合格点と割り切ることが、治療を投げ出さずに続ける自分なりの秘訣です。
両親も諦めていた妊娠。27歳で妊娠に向けた不妊治療を始めています。
20代女性、拒食症、過食嘔吐-
中学一年生から拒食症と付き合っています。生理は小学5年生位に始まったのですが、拒食症になってからはほとんどの期間が無月経です。大学時代に過食嘔吐や過食チューイングをするようになり、少しだけ体重は増えましたが、結局生理がないのには変わりませんでした。妊娠はいつかしたいという気持ちがある時には、病院で薬を処方してもらって生理を起こしたりました。でもそれも気が向いたときだけ。あまり妊娠のことはこれまで意識していませんでした。
両親もふとした時に、私が妊娠することは諦めていたというようなことを聞いたことがあります。
大学を卒業し、働き始めた職場の先輩の紹介で付き合い始めた今の夫。結婚を考えるようになったときに、摂食障害で生理がほとんど来ないこと、妊娠が難しいかもしれないことを彼に伝えました。彼から、子供が欲しいから結婚したいのではない、と言ってもらえたときはとても嬉しかったのを覚えています。そう言ってもらえたから、私も彼の子供が欲しいと思い、27歳で拒食症の治療と並行して不妊治療も始めました。
結婚し、不妊治療を始めてからは妊娠するために仕事も正社員からパート勤務に変えました。一度妊娠に成功したものの、結局流産してしまって、気持ちが荒んだ時期もあります。パートもやめて専業主婦になって、今は2度目の妊娠に向けて頑張っているところです。摂食脳はなかなかゼロにはなりませんが、夫が支えてくれているから頑張れていると思います。タイミング法と、排卵誘発剤などの薬を使って不妊治療をしています。
きれいごとかもしれませんが、摂食障害になったから私は地元を離れずに今の場所に暮らしている。だから、今の夫に出会えて、妊娠したいと思えるようになった。それだけでも幸せだと思うようにしています。そうすることで、ストレスからくる摂食脳を少しだけ軽減できるかな…、と。
健康な人でも不妊治療は難しいわけですから、私が難しいのは当然。だからこそ頑張りたいなと思っています。
過食、引きこもりから一歩踏み出しました。将来は出産したい。
20代女性、過食嘔吐、拒食症、無月経栄養療法、食事療法
中学生で摂食障害になり、高校時代から過食が始まりました。過食症になったきっかけは、高校時代にアルバイトを始めて、自分の好きなだけ食べ物が買えるようになったこと。高校時代はなんとか学校にも通い、大学に合格しました。一番過食がひどかったのは、大学時代。結局大学は単位が取れずに中退することになりました。
バイトでお金を稼ぐ。食べ物を買う。引きこもって過食…。当時はその繰り返しでした。「これではいけない」と社会に出ようと短期バイトや旅行などをするのですが、結局うまくいかずにそのあとは引きこもって過食。これを数年繰り返していました。
大学を辞めて引きこもると、社会との繋がりが全くなくなってしまって。それが辛くて余計に過食がひどくなったという面もあるかもしれません。自殺願望も強くなり、自分がどうなるか不安で、ある病院の養生施設に入院しました。退院後は介護の仕事をアルバイトから始めました。やりがいもあり、勉強をして資格も取得しました。今は、摂食障害経験があることや介護資格を持っていることをもっと自分の仕事に生かしたいと、マッサージ指圧師の専門学校にも通っています。
引きこもりから私が社会に復帰して、こんな風に生活できているのはカウンセリングで人間関係やコミュニケーションのトレーニングができたからだと思います。いつかパートナーに巡り会えた時に妊娠・出産したいと思い、まずは生理を再開するために体重を増やし、落とさないように頑張っています。パートナーに出会う前なのに早いと思われるかもしれませんが、妊活も始めていますよ。
出産がきっかけで過食症が再び始まりました。
30代女性、過食嘔吐-
私が初めて過食症になったのは、20代前半の事です。もともと痩せ願望が強く、無理なダイエットをしがちでした。とはいえ、摂食障害かと聞かれれば、生理もあったし、健康診断ではBMIが低いことを指摘されるのと、貧血気味くらいでしたので違うと思います。
親から反対されながら今の夫と結婚し、妊娠・出産しました。それ自体は幸せなことなのですが、慣れない結婚生活が原因で過食と嘔吐が始まりました。妊娠してからは一旦止まっていたのですが、気持ちが不安定になり、過食がぶり返してしまいました。食べた分は吐くようにしていたからか、切迫早産になり入院しました。病院の先生からは、吐くときにお腹に力が入ってしまっていたことが原因だと言われました。
切迫早産になったことは、過食嘔吐をしていた私にとって本当にショックでした。絶対安静をして、なんと子供は無事で、出産もできました、運が良かっただけだと思います。もう二度と過食はしないと思いました。
ところが…。出産して子育てを始めてみると、24時間ずっと子どもの様子を見なければいけない。その合間に家事や自分のことなどをしなければいけない。という生活から育児ノイローゼ気味になり、夫が仕事に行っている日中にストレス発散のために過食嘔吐をするようになってしまいました。最初は「1回だけだから…」と思っていたのですが、過食嘔吐を一度すれば、毎日するようになっていました。
自分がお腹を痛めて出産した我が子が泣いていても、食べる・吐くことをやめて子供のもとに行けないということもしばしば。「これではダメだ」と思いながらもやめられませんでした。
幸いなことに、夫が私の異変を察知して、過食嘔吐が夫にも知られるようになりました。夫の勧めで病院も受診し、子育ての傍ら、通院治療をしています。子供がこれから成長していくにあたって、親としてきちんと育ててあげたい。そんな気持ちが治療へのモチベーションに繋がっています。
過食が原因で出産前の検診では妊娠中毒症に。子供を幸せにするために過食嘔吐を克服
30代女性、過食嘔吐栄養療法、食事療法
3人の子供がいます。過食嘔吐が始まったのは10代の頃。以来10年以上過食嘔吐と付き合っています。今の夫は、出産をして子育てが始まっても、私の過食嘔吐のことを知りませんでした。今思うとよく知られずにすんでいたと思います。1日最低2回、多い時には8回も過食嘔吐していました。
妊娠中は、体重が赤ちゃんの成長に伴い増えていくのが嫌だったこと。1人目は特に妊娠・出産で自分の人生に変化が訪れることへの不安。そんな気持ちがない交ぜになって過食嘔吐していました。おかげで妊婦検診ではいつも「妊娠中毒症」。子供に申し訳ないと思いながらも過食嘔吐が止められませんでした。なんとか無事に出産できた後も、過食嘔吐は続きました。帝王切開して傷がまだ完全に塞がらない状態でも、手で傷を抑えて過食嘔吐していたのですから、当時は追い詰められていたのだと思います。
今、3歳の長女と1歳の双子を育てていますが、長女が生まれたときには、子供が泣くために過食嘔吐が思うようにできないことでイライラが募りました。泣くわが子を憎いとすら思ってしまったのです。双子を妊娠・出産して3人の子育てをしているわけですが、長女はもう自分で歩き回れるため、トイレにまでついてくるようになりました。そうすると余計、嘔吐ができずにひどく子供を叱ってしまうんです。子供に見られること自体が、ストレスと恐怖で過剰反応していたのもあると思います。そのせいか、長女は保育園でも給食をあまり食べたがりません。親が食べることの楽しさを伝えられていないからですよね。
育児ノイローゼを心配して、家に通うようになった母が私の過食嘔吐に気づいたのは最近のこと。病気がこどもに与える影響、それがきっと子供の将来にも大きな影を落とすであろうことを母に諭され、治療を始めました。仕事でほとんど家にいない夫に過食嘔吐を打ち明けたときには本当に驚かれました。
今は、子供に不安と苦しみを与えてしまう母ではなく、支えてあげられる母になりたい。その一心で治療をしています。長女が私のことを気遣ってくれると、つい涙が出てしまいます。こんな小さな子にまで心配させている…と。早く過食嘔吐を克服して、子供達の笑顔を守りたいと思います。